愛でること、批評すること

呪術廻戦における家族と社会像を考えてみる

登場人物と家族(1)主人公はヤングケアラー? 虎杖悠仁

 週刊少年ジャンプの人気作品において、孤児であったり、祖父母に育てられた主人公は珍しくありません。「ONE PIECE」のモンキー・D・ルフィ、「HUNTER×HUNTER」のゴン=フリークス、「銀魂」の坂田銀時…。(「NARUTO」なんかも該当しますが未読なのでちょっと除きます)
 一方、呪術廻戦の舞台設定と同じく現代日本を舞台とした作品になると、一親等の家族と暮らす主人公がかなり増えます。現代日本が舞台の作品には学生スポーツ物が非常に多いため、単純比較はできませんが、例えば「DEATH NOTE」の夜神月は警察官僚の父と専業主婦の母を持つ、理想的な家庭に育った少年として描かれています。「幽☆遊☆白書」の浦飯幽助は母子家庭で、元ヤンの母親とは良好な関係を築いています。
 そうした中、呪術廻戦の主人公虎杖悠仁は、物心ついた頃から仙台市内で祖父と二人暮らしです。第1話の時点で祖父は入院しており、陸上部への入部を勧める先輩に対しては「色々あって5時までには帰りたいんだよね」と話しています。それは、入院中の祖父を見舞うため。 

 私は思わずため息をつきました。「ちょっとした「ヤングケアラー」やん…」と。

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ちゃんと花を買って飾るあたりもケアラー慣れを感じてならない

 厚生労働省の実態調査*1では、ヤングケアラーとは、「年齢や成長の度合いに見合わない重い負担や責任を負って、本来大人が担うような家族の介護(障がい・病気・精神疾患のある保護者や祖父母への介護など)や世話(年下のきょうだいの世話など)をすることで、自らの育ちや教育に影響を及ぼしている18歳未満の子供」と定義されています。フィクションだと宮沢賢治銀河鉄道の夜』のジョバンニなんかが当てはまるかと思います。

 悠仁の場合、祖父は入院中なので、昨今報道されているほどの過酷な介護は必要なかったかもしれません。ただ、「見舞いなんて俺以外来やしねえ」*2というモノローグや、亡くなった後は火葬場で「直葬」した描写からすると、他に付き合いのある親類縁者はなく、ご近所など家族ぐるみの人間関係も希薄。そのため、炊事や洗濯、公共料金の支払いといった自身の身の回りの世話は自らせざるを得なかったとしても不思議ではありません。

 こうした状況から考えると、悠仁も十分ヤングケアラーに当てはまるのではないでしょうか。

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看護師さん微笑んで「大丈夫?」とか言ってる場合か、ソーシャルワーカーに繋いで…


 なお、悠仁は祖父の火葬・納骨を済ませた後、すぐに東京にある「都立呪術高等専門学校」なる呪術師を養成する4年制の学校に転校し、衣食住を保障されています。もし、呪術師になることなく孤児としてそのままの生活を続けようとする場合、大変な困難が待ち受けていると想定されるのですが、それについては別稿で改めて考えたいと思います。

 「ヤングケアラー」として、客観的に見ればなかなか過酷な家庭状況におかれていた悠仁ですが、一方では本作では珍しく、保護者と強い絆で結ばれている子供でもあります。
 オマエは強いから人を助けろ 手の届く範囲でいい 救える奴は救っとけ 迷っても感謝されなくても とにかく助けてやれ*3「オマエは大勢に囲まれて死ね 俺みたいにはなるなよ」*4という祖父の遺言は、悠仁の生き方を導く重要な台詞となっていますし、回想する祖父の表情は笑顔です。コミックスでは「あのお爺ちゃんと暮らしていたんですから小6くらいで(パチンコの※筆者注)代打ちとか絶対やらされてる」*5という裏設定が紹介されるなど、なかなか楽しそうな生活を送っていたようです。
(一ファンとしては、家族の愛情を受けて育った数少ない登場人物としての背景が、もう少しストーリーに反映されることを願っています)

 若年者による親族の介護問題が社会問題として取り沙汰されるようになった昨今。入院中の祖父を支え、自立せざるを得ない状況で生活を送ってきた虎杖悠仁は、とても現代的なヒーロー像といえるでしょう。

 

 なお、本エントリにおける漫画の引用は大好きな金田淳子先生のnoteエントリを参考にしました。偉大なる先人のおかげでこうしてブログが書けています。ありがとうございます。

note.com

 

 

*1:平成30年度子ども・子育て支援推進調査研究事業,三菱UFJリサーチ&コンサルティング「ヤングケアラーの実態に関する調査研究報告書」,平成31年3月公表

*2:芥見下々(2018)『呪術廻戦』第1巻,集英社,p39

*3:芥見下々(2018)『呪術廻戦』第1巻,集英社,p23

*4:芥見下々(2018)『呪術廻戦』第1巻,集英社,p24

*5:芥見下々(2020)『呪術廻戦』第8巻,集英社,p90

はじめにー呪術廻戦にはまったオタクが「家族」という切り口で読み解こうとするわけ

 あなたの「呪術廻戦」はどこから?

 私はPixivからです。お察しいただければと思います。

 しかし、このブログでは週刊少年ジャンプの人気作品「呪術廻戦」における家族や血縁関係の描写を取り上げ、そこから浮かび上がる作品中の社会像について考えていきます。

 

 なぜ「家族」なのか。呪術廻戦の導入部について簡単におさらいしながら、ブログを開設するに至った取っ掛かりを説明します。

 

 呪術廻戦の主人公虎杖悠仁は、物心ついた頃には両親が不在で、15歳まで祖父に育てられました。そして、高校1年生の6月、悠仁は祖父を亡くし(病没だと思われます)、ひょんなことから呪術師となり、転入した呪術師の養成学校「呪術高専」で出会った仲間たちとともに呪霊や呪詛師とよばれる敵と戦うことになります。

 主人公は第1話で唯一の肉親と死別し、孤児になってしまいます。15歳の少年がひとりで、祖父の死亡届の記入や埋葬許可証の発行といった一連の手続きを行っているのです。私は一人の成人として、「社会制度どこいったん…」と驚きを禁じ得ませんでした。

 主人公の相棒、伏黒恵もまた機能不全家族に育ち、小学1年生の頃には年子の血の繋がらない姉と二人暮らし。ここでも私は「社会福祉はどこですか…」と唖然としてしまいました。

 

 家族にも、家族という機能を代替すべき社会保障制度にも守られず子供が一人で生きていかざるを得ないという、どう考えても機能不全に陥っている社会において、「呪霊から一般市民を守る」という使命を負わされている–。社会に守られることのなかった子供が、なぜそのクソみたいな社会を構成する一般市民を守るために命をかけて戦っているのか。その動機は何なのか。君たち特別な力を持った呪術師ということになってるけど十分社会的弱者だよ、守ってくれない社会なんてぶっ壊してしまえよ…と普通に一社会人として憤りました。

 キャラクターの造形や関係性などに沸騰していた頭からすーっと熱が引いていき、「とりあえず読み解かないと前には進めねぇな」といてもたってもいられない気持ちになり、「家族」と「血縁」を手掛かりに、そこから浮かび上がってくる作品中の社会像について考察を深めることとし、猛然と原作を読み始めた次第です。寝不足です。

 

 まずは登場人物のプロフィールを整理しながら、その人物の家族に関する台詞を拾いつつ、物語の核心といっていいであろう「血縁」と「イエ制度」、さらに社会像へと考察の対象を広げていきたいと思います。

 現在進行形でストーリーが激動しているところなので、新たな情報が出てくるなどして考察も変わってくることと思いますが、ぼちぼち書き連ねたいです。飽きないように頑張りたいです。

 

 なお、私は表象の分析に関する体系的な訓練を受けていないので、その点ご承知おきください。勉強しながら考えを深めていきたいと思っています。

 本ブログが呪術廻戦のファンダムの健全な発展に微力ながら貢献できることを祈りつつ、沼に浸ります。